脳卒中の応用知識
About Stroke

D-02.脊髄動静脈奇形の塞栓術

脊髄とは何か?

  

脊髄は脳と全身をつなぐ重要な神経で、その障害により、呼吸困難、嚥下(えんげ:飲み込みのこと)障害、四肢の麻痺・感覚障害(しびれ)、排尿・排便の障害が生じます。また重篤な脊髄の障害は、完全な回復は困難で後遺症を残します。

脊髄動静脈奇形とはどんな病気か?

脊髄動静脈奇形(瘻)は脊髄の表面または内部に、異常血管ができる病気です。出血や循環障害により脊髄が障害されることがあります。

一般的に脊髄内部に異常血管のかたまりがあり複雑な形態のものを脊髄動静脈奇形、脊髄表面に単純な異常血管があるものを脊髄動静脈瘻とよびますが、明確に区別ができないこともあります。また稀ですが異常血管が脊髄のみではなく、周囲の骨、筋肉、皮膚まで広範囲に広がるものもあります。

原因は不明で、胎児期または乳幼児期に血管網がうまく形成されず、動脈と静脈が直接つながってしまい、そこに多くの血液が流入・拡張し脆弱(ぜいじゃく)な異常な血管網をつくります。奇形という病名がついていますが、血管の形成異常です。最近遺伝子異常により発症する例も報告されています。

脊髄動静脈奇形

通常血液は「心臓→動脈→毛細血管→静脈→心臓」を循環し、動脈の勢いのある血液は毛細血管で流れが遅くなり、静脈ではゆっくり流れます。動静脈奇形・瘻は毛細血管を欠く異常血管で、勢いのよい動脈血が直接静脈に流れ込みます。そのため静脈の圧力が高まることがあります。静脈は下水道のような役割があるので、血液の流出がうまくいかず循環障害を生じたり、脆弱(ぜいじゃく)な異常血管が破綻し、脊髄出血やくも膜下出血を起こすことがあります。

この病気は若年者に多く発症し、循環障害により麻痺、しびれ、失禁・排便困難が徐々に進行する場合と、出血により急激に発症・悪化する場合があります。どちらの場合も症状が重篤になった場合、完全な回復は困難です。頚部では四肢麻痺に加えて呼吸困難や嚥下障害の可能性もあり、胸腰部以下では下肢麻痺となり、ともに排尿や排便がうまくできなくなります。

診断はMRIでつきますが、治療を検討する場合入院し、脊髄血管造影による精査が必要。

脊髄動静脈奇形、脊髄動静脈瘻の
治療法は?

  • 塞栓術(血管内治療)
    カテーテルで異常血管を閉塞します。
  • 外科的な離断や摘出
    背中の骨を切除して、硬膜を切開し、異常血管を離断・摘出します。
  • 単純な脊髄表面にある脊髄動静脈瘻は、根治することが可能です。しかし脊髄内部にある脊髄動静脈奇形では、治療により脊髄が障害される可能性が高く、根治は困難です。しかし出血の原因と考えられる動脈瘤(けっかんのこぶ)や症状に関連する太い流入動脈を閉塞することにより、出血や再出血を予防したり、症候の悪化を防止したり改善させることが可能です。

塞栓術の方法

塞栓術は全身麻酔下に血管造影装置のある特別な手術室で行われます。足の付け根の血管からカテーテルを血管内に挿入し、病変部へ進め、塞栓物質を注入し閉塞します。治療後はカテーテルを抜去し、穿刺部を止血して、麻酔をさまして専用病棟へ帰室します。

翌日からは歩行可能となり、数日後には退院できるので、塞栓術のみであれば1週間程度の入院となります。退院後は直ちに通常の生活に戻れますが、運動は外来受診後から再開してください。複数回の治療が必要になることもあります。

図1:塞栓術

NBCAについて

治療に用いる塞栓物質であるNBCA(ヒストアクリル)は、日本では塞栓物質としての認可がありません(外科用接着剤、胃静脈瘤用塞栓剤として認可済み)。海外では脳や脊髄血管の塞栓物質として認可されており、日本でも20年以上前より使用されています。これ以外の承認があるものが使用に適さない場合、ご本人とご家族に同意がいただければ使用します。

塞栓術の危険性

  • 正常脳血管の閉塞による脊髄梗塞・脳梗塞:異常血管のみの閉塞では問題はありませんが、塞栓物質が脊髄の栄養血管に迷入すると、脊髄梗塞を起こします。またカテーテル周囲に血栓ができてそれが正常血管に迷入することもあります。(2%程度)またごく稀に脳血管への迷入による脳梗塞を起こすこともあります。
  • カテーテル操作や血流の変更による出血
    塞栓術では、カテーテル、それを誘導するガイドワイヤーなどの治療機器を脊髄の血管に誘導します。治療機器は細く柔軟にできていますが、脊髄血管は極めて細く、また予測できない個人差や疾患による脆弱性があることがあります。また塞栓術後に血流が変わることにより、動静脈奇形から出血を起こすこともあります。(2%程度)
  • カテーテルの抜去困難や離断による体内への遺残
    体内留置機器以外のものは治療終了時に回収しますが、稀に離断等により体内に遺残することがあります。(きわめて稀)
  • カテーテル操作に伴う血管解離
    カテーテル操作に関連し、頭頚部の血管の内側に亀裂が入り、血管の狭窄や閉塞が起こることがあります。その修復のためにステントという金属製の筒を留置することがあります。(きわめて稀)
  • レントゲン(放射線)による障害
    治療時間が通常より長くなると、放射線により一時的な脱毛や皮膚障害がおきることがあります。また白内障や発がんの可能性も報告されています。放射線被ばくが多かった場合には、外来で経過を診ます。
  • 穿刺部の内出血や感染
    太いカテーテルを使用し、血液を固まらなくする薬剤を使用するため、穿刺部の止血は検査の時より困難です。そのため特殊な機器を使用し止血をしますが、稀に内出血や感染を起こすことがあります。その場合は輸血をしたり、外科的に修復することがあります。(外科処置が必要なものは稀)
  • 薬剤・造影剤・塞栓物質・カテーテル素材によるアレルギー・肝機能・腎機能の低下
    急性腎不全では透析が必要になることがあります。またカテーテル素材に対する遅発性アレルギー反応が報告されています。透析の導入は、慢性腎不全がなければきわめて稀)
  • 使用機器の離断による遺残
    体内留置機器以外のものは治療終了時に回収しますが、稀に離断等により体内に遺残することがあります。(きわめて稀)
  • 大動脈のプラークの破綻によるコレステロール塞栓症および血管閉塞
    動脈硬化がきわめて強く大動脈に大きなプラークがある場合、そこからコレステロールが腎臓・腸管・下肢に飛散し、虚血性合併症を起こすことがあります。(きわめて稀)
  • その他予期せぬ合併症
  • これらにより入院期間が延長する可能性が5%程度にあります。また、意識障害、運動障害、ことばや記憶の障害、視力視野障害、顔面麻痺、舌の麻痺、嚥下(のみこみ)障害などの後遺症を生じる可能性が2~3%、死亡する可能性も1%程度あります。

筑波大学附属病院脳卒中科での
脊髄血管疾患に対する治療について

脊髄は脳と手足をつなぐとても最も重要な神経で、その血管はとても細くて複雑です。脊髄動静脈奇形・硬膜動静脈瘻など脊髄血管疾患に対する治療には、血管造影による適格な診断と血管の構造の理解が重要です。

筑波大学では、全身麻酔による脊髄血管造影の多くの経験があります。治療は、血管内治療と外科治療がありますが、きわめて高度な知識と技術を必要とします。筑波大学は豊富な経験を活かし、最適な治療を提案します。

脊髄血管造影 塞栓術 外科治療
2018〜19年 10 7 2

(文責:筑波大学附属病院脳卒中科 松丸 祐司)